「タンポポの道」は自宅から駅までのリハビリのための道だった。
退院当初、ふらつきながら駅まで歩いた道である。
三月も中旬だというのにまだまだ季節は不安定で、
三寒四温とはいえ
寒さと風の強さには少々まいっていた。
吹き荒れる春風もやがては薫風に成長するのだけれど、
その荒れ様は、
ただ大人になるのを嫌がる少年の最後の抵抗のようでもあった。
しかし退院したばかりの僕にはひどく応えた。
こんな風のなかで生きていけるのだろうかとさえ思った。
「病上がりの生き物」なんて、ひ弱な存在で、
人工都市や薬という防御装置がない大自然のなかだったら、
僕は一瞬にして肉食動物の餌か植物の肥やしになっていると思う。
特別に花や自然が好きだという訳ではない。
リハビリのためにタンポポを避けながら歩く、
これがこの道を選んだ理由であった。
耳朶を過ぎる風はずいぶんと和らいで、歩く早さもあがってきた。
もう季節は大人になり始めたのかも知れない。
これぐらいの季節なら
薬の力をかりてでも生きていけるのかも知れないと思う。
振り返るとたくさんのタンポポが風に揺れていた。
無数の黄色い花と綿帽子、
その一つ一つが僕の忘れてしまった想いでに見えた。
リトアニアの遠くまで続くなだらかな丘陵。
風が渡っていくのがみえる草原には、遥かな水平線までタンポポが揺れている。
ファインダーを覗いたほんの瞬間、少し前の病んでいた自分を想いだした………。
風が渡っていくのがみえる草原には、遥かな水平線までタンポポが揺れている。
ファインダーを覗いたほんの瞬間、少し前の病んでいた自分を想いだした………。