2009年5月6日水曜日

世界遺産にて。スペイン「サラマンカ大学」

スペインのサラマンカ大学は沢山の偉人を輩出した大学。またスペイン各地から学生が集まり、大学を中心に大きな街が形成されていった。コロンブスも一時期、勉学に励んだ世界でも五本の指に入る由緒ある大学だった。

番組のオープニングは青雲の志を抱いた青年が大学を目指すシーン。
ロケ地は偶然にも、なだらかな丘にポプラが一本。当時の衣装を大至急用意してイメージカットの撮影。モデルはスペイン人のアシスタント君。
「ポプラ見て!葉っぱがキラキラしてるやろう!その一つ一つが君の人生の想いでやぞ〜!」と日本語で。
撮影が終わって、目が赤い!「どうしたん?」と聞くと、子供の頃のこと、おばあちゃんのこと、お分かれした彼女のことを考えていたら泣けてきたそうです。
「泣くなよ」と首に巻いたバンダナを渡す。僕のバンダナはきっと汗で塩っぱかったろうな〜。
なかなかいい青年だった。

芋。

ノーベル賞を受賞した高名な学者がよく立ち寄ったという、
京都は八坂にある老舗の日本料理店。
ある番組のために京都特集を撮影することになり、そのお店に午后の遅くに御邪魔してお料理を撮影させて頂いた。夕方の開店準備でお忙しいなか、ご主人は機嫌良く従業員の方もとても協力的だった。

‥…しかし放送ではすっぽりとこのお店がぬけ落ちていた。つまり没になったのだ。
没になったのは単に時間(尺)の問題だと言う。撮影した映像が没になるのはよくある話しだけれど、この場合は時間(尺)の問題ではなく構成力の問題ではないのか。
撮影は僕たちにとって日常の作業だが、取材された側は一生の思い出に近いだろう。いくら取材慣れしている京都の料亭でも自分たちのシーンが没だったら、がっかりされただろうと思う。後味の悪い一番嫌いなパターンの撮影になったな〜と、芋の煮っころがしを見ると、今でもその時のことが蘇ってくる。

2009年5月4日月曜日

津田さんの「タルト」

津田さんのお創りになるお菓子は堂々としている。
どれほど凄いカメラで撮影しようともびくともしない気品がある。
こんな映像を残したいと心から思います。
でも映像のでき上がりも凄いのだ。

RED ONE「津田さんのタルト」

フロールで著名な津田さんのアトリエでタルトの撮影。

RED ONEという新しいカメラでの撮影だった。
映画用のカメラだったので、その画質の素晴らしさに驚いた。

画質がいいのでライティングはちょっと煩雑。
このRED ONEはこれから開発される
カメラのコンセプトを根本的に変えてしまうだろう。

ソニーや松下は
日本のお家芸である小型のカメラをテレビ用に開発すればいい。
家電製品会社のカメラのデザインは最悪だ。
技術者の頭の固さには閉口する。

特にファインダー。
機械と人間の接点であるファインダーのデザインと精度はおざなり。
何度言っても無視される。
”思いやるデザイン”という意識が抜け落ちているのだ。
と川崎和男先生と話している。
「撮影するキャメラマンのことは考えていないのだ。」

プロ用のカメラはニコンやキャノンが開発する時代がもうすぐ来る。

2009年5月1日金曜日

世界遺産にて。「ヴェネチア」

ベニスの撮影でちょっと便利なのが「貨物ボート」。007が乗るようなボートタクシーに比べるとカッチョよくないが、安定していてスピードが出ない分、映像の流れがちょうど良い。
また、それほど大きくもないのでゴンドラや他の船の邪魔になることもない。
ベトナムで走っていた米軍のパトロールボートに似ていて、たいへん小回りが利くので運河をくまなく一日中走り回っている。驚いたのは運河には進入禁止や一方通行があること。
実は中学2年生まで「ヴェネチア」と「ベニス」とは別の都市だと思っていた。どちらも同じと判ったのは、地理の試験で僕は「ベニス」と書いて赤丸をもらい。秀才の日俣君は以前からそれを知っていて「ヴェネチア」で赤丸だったから。序でに「フィレンツェ」と「フロォレンス」も同じなのだと日俣君は教えてくれました。

鉄棒にぶら下がる僕たちの視界には、広い校庭と新緑のポプラが輝いていて、ヒンヤリとした鉄棒の感触は今でも覚えている。夏休みはもうすぐ!日俣君はその後芸術大学に進学。今は有名な美術教室を経営。

世界遺産にて。「エストニア」

”歌の革命”という集会にて。エストニア市民の美しい集い。
「もういいですよ、なんだか随分長く廻しますね‥…この画は‥…」とディレクター。どれ位撮影していただろうか‥…過ぎ去った色々なことを考えていた。

世界遺産にて。「イラン」

イサジュンはロケ車の運転手さん。名前はイサさんで、ジュンは「〜さん」より親しみをこめた呼び方なので「イサちゃん」だろうか。
僕たちは車でテヘランからイスファハーン、ヤズド、再びテヘランという大三角形を走破した。

イサジュンは運転手さん以外に食料係でもあった。竜巻が走り回る砂漠や土漠では潤沢な食料を調達できないし、また食べたいとも思わないのだけれど、僕たちが撮影中に何処からか食べ物を調達してくる。決まってナンとチーズ、野菜と果物だけだけれどこれで十分。
オリーブの木の下に敷かれた絨毯の上で、イサジュンはザクザクと西瓜を切る。西瓜とはなんと瑞々しくおいしい果物だろう。そして熱く甘いチャイが砂漠の乾燥で疲れた精神と身体を解してくれる。
イサジュンは元気だろうか。
西瓜を食べると、ちょっとショーン・コネリーに似た彼のことを想いだす。