2011年12月23日金曜日

カメラ昇天す……Canon IXY


メモ代わりのカメラ、また壊れる。
このIXYはスペイン、イタリア、南相馬、オランダ、ベルギー、アメリカ、ペルー、コロンビア、そして再びペルーのラハスで動かなくなった。




 故障はある日、突然に……まったく動かなくなった。
実はそんなことあろうかと、もう一台、IXYを持っていたのだけれど、このカメラもモニターが割れてしまって映像の確認ができなくなっていた。
機内預けにすると放り投げられるから……これで何台目だろう。
少し高くてもいいので頑丈なカメラが欲しいと思う。





2011年12月13日火曜日

東京タワー


なかなかいいな〜と思う、東京タワー。
南米から帰ってからは、もっぱら墨田区のスカイツリーとその周辺を撮影していたので、スカイツリーの巨大さに唖然としている毎日だったが、フッと見ると東京タワーが……
「お〜頑張ってるな!」と思わず声をかける。






311で先端はまだ曲がっている……
曲がったままの東京タワーもなんとなくいい。
震災を忘れないためにもそのままでよいと思うのだが。



3月11日。
京都での撮影が終わって、帰りの新幹線に乗っていた時だ。
品川駅を発車した直後にのぞみは急停車。
その途端、物凄い縦揺れと、直後に続く横揺れが特に激しく、
これで僕の人生も終わるのだと覚悟した。

車内放送で震災の情報を聞いた。
遠くの在来線からは人が降ろされて歩き始めていた……
その風景のなんと寂しいことか。
阪神大震災で見た光景が蘇って暗澹たる気持ちだった。





5時間後に着いた東京駅は大混乱だった。
こんな大震災にも関わらず、
それでも遅延証明を配るJRをちょっと見直した。

事務所は虎ノ門なので東京駅からは徒歩。
内幸町も霞ヶ関も大混乱で、
東京駅に向かう人達をかき分けての行軍でヘトヘト。

愛宕通りをトボトボ歩いて、遠くに東京タワーが見えた時には
ほんとうに嬉しかった……






東京タワーの上には月食も……



スカイツリーは砂漠に立つミナレットを思いだして見とれてしまうのだが、東京タワーも独特の品があっていいもんだ。
山梨で生まれ、東京で青春時代を過ごした父に、東京事務所の窓からすぐ近くに見える東京タワーを見せたかった……

2011年12月9日金曜日

カリフォルニア・サリナスにて (報道時代)


モントレー郡サリナスはジョン・スタインベックの生まれたところ。
そこの小さな図書館にスタインベック自筆の原稿を撮影するためにお邪魔した。図書館の司書はとても親切で、それはそれは丁寧な対応で、協力を惜しむことなくすべてがオープンであった。なによりも郷土の誇りである彼を尊んでいる姿勢が気持ちよかった。


労働組合員や特別な政党支持者の多い、日本の図書館では決してお目にかかれない風景であった。借りる人の顔も見ない、蔑んだ表情でありがとうも言わない、まるで30年前の中国の書店員のような……日本の図書館員の対応に接すると、今も決まってサリナス図書館の風景が浮かび上がってくる。


2011年11月17日木曜日

東京office


今日の東京事務所は佐藤君ひとり。



いつものスタッフは都内や大阪での撮影のため出張中。

海外取材から帰るとホッとする光

アメーバー赤痢?それとも高山病の後遺症かな。
時差ボケ……僕は昔から日付変更線を越えて帰ってくると調子が悪い。今日もときどき意識が遠のく。(眠くなるだけだけれど……)一週間は確実に不調です。


2011年11月6日日曜日

「富惣」お魚屋さん


アンデスで高山病、アマゾンでアメーバー赤痢。
散々だった南米取材から帰って、大阪の堺にある「富惣」の撮影。
全国展開している有名な魚屋さん。僕は魚が好きなので、率直に嬉しかった。
当然、味見もしましたが、たいそう美味しく頂きました。日本の魚はほんとうに美味しいと心の底から再認識致しました。南米では辛かったのでホッとしました。



社長の五嶌 富氏(奥様)と会長

「肉には四季はないが、魚には四季がある。」会長のこのお言葉は胸に沁みました。

2011年8月28日日曜日

撮影スタジオにて。


例え10cm程度の商品撮影でも照明は複雑。
午前9時に始めた組立作業が終わって、撮影が始まるのは正午近く。




僕は最初の技術打合せが終わると、照明のセッティングが終わるまでブラブラしているか、近くの喫茶店で珈琲を飲んでサボっている。





最初の設計図で欲しい照明は伝えてあるので、あとは照明マンとカメラアシスタントに任せておいた方が仕事は速い。









撮影というのは、ほんとに最後の1%の労力。99%は準備と段取りの連続。どのような仕事も99%の積重ねだと思う。

本日の照明スタッフ。






健康管理部はご飯も用意。


2011年8月27日土曜日

世界遺産にて。14足目の靴


世界遺産の取材に始めて行ったときの靴はHAWKINSのトレッキングシューズだった。



エジプトの砂漠では辛かった。靴の底がはがれ、ガムテープでグルグル巻きにしての行軍。早々に日本から送ってもらうことにしたが、エジプトは新品だと高い税金を課せられるので、日本で散々に汚して送ってもらった。今となっては笑い話し。取材での記念写真には、その時に履いていた靴が写っている。さまざまな現場の風景とともに靴のことも思いだす。