2010年5月29日土曜日

サザエ

 
 まったく厄介な病気。ネフローゼ。
4才だったのであまり覚えてはいないが、扁桃腺が腫れて痛くて泣いていた。しばらくすると身体が浮腫みだして、足の裏まで腫れあがって歩くのも辛かった。強烈な倦怠感を覚えている。

風を引いた原因は、冬のある日、いっしょに昼寝をしていた子守りの姉やが寒さのために布団を一人で被ってしまい、僕は布団の外に放りだされていた、と母が言っていた。





 父は仕事で忙しく、母は脊髄カリエスで入退院を繰り返していたので、僕は叔父の家に預けられることになった。会社を経営していた叔父の食卓は毎日が「豊饒」の一言。しかし、僕は塩分一切厳禁。叔父の家族が食卓を囲む隣の部屋で僕はひもじさに耐えていた。そんな僕に叔父が投げてよこしたのがサザエのフタだった。お茶で洗ったフタにはそれでも微かな塩味が残っていて、僕は夢中で畳の上に投げられたフタを吸っていた。
 今でもサザエを見るとその時の光景が目に浮かぶ。犬の子供に餌をやるような目で僕を見ていた叔父は晩年、脳をやられて寝たっきりになった。父と病院に見舞った僕はベッドに横たわって涙を流す叔父を無言で見下ろしていた。

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