2009年7月24日金曜日

直珈琲

 喫茶「サントス」は僕が初めて珈琲を飲んだ店だった。
おばさんは戦争未亡人で、ご主人は「蒼龍」という航空母艦に乗っておられてミッドウェー海戦で戦死されたという。しかしご主人の戦死をどうしても信じることができず、いつか帰ってくると、夫のために喫茶店を始めたという。「珈琲が好きな人で…。塩っぱい海を泳いで帰ってくるのは辛いでしょう。だからいつ帰ってきても美味しい水と珈琲が飲めるようにね……。」

 その頃、父の写真館がある小さな商店街にはそんな境遇の人たちが肩を寄せ合って暮らしていた。「スナック サンボ」の主人はビルマのインパールで、「入船食堂」の長男はニューギニァ、「巽文具青写真」の次男は硫黄島で、「漢方 大山堂」の長女は広島で亡くなられた。大きな悲しみを抱えて、ひっそりと生きる人々の姿を今も覚えている。

 直珈琲も「ひっそり」とした喫茶店である。
直君の精神を具現化した店の佇まいが「ひっそりと上品」。
大きな一枚板のカウンター。知らないうちにオーバーラップするように代わる一輪挿しと花。





「ピッツバーグ」
ユージン・スミス先生からいただいた写真。
















ニコンFが買えなくて苦しんでいた頃の珈琲の味がした。




 僕はいつもパプアニューギニァを飲む。
飲んだ瞬間に、写真の修行をしていた若い頃の自分がフラッシュバックで浮かんでくる。進むべき方角もなく、歩き出すための道もない。荒野にポツンと一人……

その頃の僕はどん底に立っていた。学歴も教養も、なにもないひ弱なしょうねんだった。

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