2009年3月11日水曜日

青島の旅行鞄。

 父が満州事変の頃に買ったという古い鞄がある。
今の北朝鮮にあった新義州守備隊に兵隊として出征していた父が持ち帰ったもの。鞄のラベルには「青島」とJTBという文字、それに牛の刻印があり、外観もまだ立派で内装も美しい。それに、80年近くも経っているというのに鍵はしっかりと機能しているのだ。それでも、さすがに小さな擦り切れや傷があるので修理ができないものかと大阪の南にあるその鞄屋に持っていった。歴史に名を残す著名人と親交のあった先代の親父さんは亡くなっていて、今は息子が店を継いでいた。
 この鞄は父が遺したもので、満州で買ったものだと経緯を話すと、チラッと一瞥して、
「そんな古いものは修理できません。」と一言。
「これだけ乾いている革に、針を刺したらそこからひび割れてアウト。ある程度、湿ってたら手の出しようもあるけど、こんな乾いてもうた革はどうなるか分かりまへん。こんだけ乾いてたらあかんあかん。反対にうちが弁償や。」
 仕事を断るにしても否定の仕方にムッとなった。と同時にこの店はこの男の代で確実に終わるだろうと思った。生きる道や時間が違うのだから、子供が父親を乗り越えるのは永遠に不可能ではあるが、父親の後を継ぐものは、その技術、信用、何より誠意を獲得するために、父親の三倍は努力をしなくてはならないのだ‥…。

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